紫イペ情報館

体験談

最初の肺ガンから6年後に肺ガンが再発し、リンパ節へも転移。死を覚悟したが、【紫イペ】を飲み続けたら、すべて消えた

カゼだと思ったら、手術不可能な肺ガンだった

 57才の冬でした。「カゼをひいたかな」と思っていましたが、1週間たっても咳と痰が止まりません。そのうち38度の熱が出て、近所の町医者で診てもらったら「カゼをこじらせましたね」ということでした。解熱剤を飲めば熱は下がりますが、咳と痰はいっこうにおさまらない。

 3軒目の病院で気管支鏡による検査を受け、肺ガンと判明したのは、年が明けた平成13年の4月16日でした。右肺に7cmほどの握りこぶしのようなガンが広がっていたのです。しかも「ステージ3のB」。「余命半年から1年」と宣告されました。

 「脳やリンパ節にも転移している可能性がありますね」ということでしたが、幸いにも転移は免れました。

 しかし、右肺のガンは大きすぎて手術ができない。抗ガン剤と放射腺による治療が始まりました。抗ガン剤の副作用はとてもつらいとは聞いていましたが、これほどとは思ってもみませんでした。

 体を起こすこともできず、モーレツなだるさや、吐きけ、不眠、息苦しさ、脱毛などに悩まされました。こんなに苦しい思いをして、半年か1年後に死ぬのなら、治療はやめようとさえ思いましたね。

 【紫イペ】には、抗ガン剤の副作用を和らげる効果があると聞きましたが、じつはこの当時は、まだ【紫イペ】のことを知らなかったのです。

 

6年後に再発と転移。今度こそ死ぬと思った

 2ヵ月近い入院で、2週間に1回の抗ガン剤の点滴と放射腺治療を終えたら、ガンがとても小さくなったのです。これなら手術はできるということでしたが、私はあえて手術はしませんでした。完全にガンが消滅したわけではありませんが、命拾いをしたのだから、もうこれで十分だ、という心境でした。1日でも早く、元気だったころと同じような私らしい毎日を送りたかったのです。

 保険の代理店を営んでいましたから、以前のように仕事に明け暮れ、煙草やお酒も飲みました。自分で言うのもおかしいですが、若いときから、張りのある美声だといわれ、歌謡ショー結婚式の司会を頼まれていました。その仕事も喜んでやりました。

 ともかく元気になったのです。しかし―――。6年後の昨年1月10日、再び入院となってしまいました。肺ガンの再発です。鎖骨上のリンパ節にも転移していました。しかも、その前年の暮から肺膿瘍を併発していました。

 肺膿瘍とは、肺の内部に膿がたまる病気です。私の場合は、胸のあたりがおできのようになって、そこから肺の内部にたまった膿が噴き出てきました。

 肺膿瘍の引き金になったのは肺炎球菌でした。自分では気づかないうちに肺炎にかかっていて、肺に入った肺炎球菌が肺膿瘍を引き起こしたのです。

 ガン治療よりも、肺膿瘍を治すことが先決でした。抗生物質の投与により肺膿瘍は治りましたが、おできのように化膿した跡がなかなかふさがらず、呼吸をするたびにそこから息がもれるのです。そのため入院生活は春まで続いてしまいました。

 

【紫イペ】を飲んで1年、ガンはすべて消えていた

 そのころ知人から【紫イペ】のことを聞いたのです。私は最初の肺ガンの経験から、ガンの治療には免疫力を高めることが極めて重要だと思っていましたので、その効果のある【紫イペ】をさっそく飲むことにしました。1回に5粒、1日3回計15粒の【紫イペ】を毎日飲み続けました。とはいえ、今度こそは死ぬと、私は覚悟を決めていました。ところが、何と約1年たった今年の3月8日のPET(陽電子放射断層撮影)の検査で、奇跡が起きたのです。

 再発した肺ガンも、鎖骨上リンパ節に転移したガンもきれいに消えていたのです。「再発・転移を疑う所見は指摘できません」という検査レポートを見て、天にも昇る心地とは、このことだと思いましたね。もちろん、病院の指示通り、抗ガン剤を飲んではいましたが、ガンがきれいに消滅したのは、【紫イペ】の力が大きかったと思っています。【紫イペ】が、活性酸素を減らし、免疫力を高めてくれたのです。

 さらに【紫イペ】が血液の循環もよくして、体を内部からきれいにしてくれているからでしょうか。私は血圧も基準値ですし、内臓はどこも悪いところはありません。快食、快便、お酒も焼酎を飲んでいます。煙草は1日に15本ほど吸っています。

 現在、ガンの治療はいっさいしていません。飲んでいるものは【紫イペ】だけ。ちょっと疲れたかな、と思うと、2~3粒増量」しますが、通常は1日3粒とっているだけです。

 これからの人生を【紫イペ】に支えて、もらいながら、楽しく明るく、精一杯生きようと思っています。

 

埼玉県 原島伸光さん(65歳)

健康雑誌 「健康」 2008年 7月号別冊より抜粋