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紫イペティ ~アメリカ国民の健康回復のために~

紫イペティ
 紫イぺティはインカ帝国時代に「神からの恵みの樹」と言われていた。際立った紫色の花が咲く、ノウゼンカズラ科樹木から製茶される。
アメリカ国民の健康回復のために
 今から一千年以上も前、インカ帝国の冶療僧侶は、部族の病人の治療を自身をもって行っていた。 1960年、プラジルのサント アンドレに住むオーランド ディ サンティ医師は、末期の白血病で絶望しされている彼の兄を救わんがため、カロワヨインディオに助けを求めたところ、彼等は昔から伝わる治療法を医師の兄に施した結果30日で完治した。これは「現代の医学」では絶望と宣告されていたにも拘わらず彼の生命は助かったのである。

過去と現代の治療法の接点はどこに見いだされるのであろうか?現代の霧によって切り離されてしまったのだろうか?一方は文明の夜明け前の治療法であり、他方は、完全な設備と科学的専門知識に囲まれいる近代的な病院で起きた「今日」の出来事である。

この謎を解く鍵は、草木茶ラパコールで南米インディオ達は、これを「紫イぺ」と呼んでいるが、何世紀にもわたって色々な難病治療に用いられ、そして評価されてきている。古代、インカ帝国がモンテズマ王朝時代にメキシコを支配していた頃、「紫イぺ」は既に「神からの恵みの樹」として飲用されていたが、18世紀になって白人達にもこの事実が判明し、その輝ける価値を持つ神秘的な財産は大きく評価された。しかし近代的な医学療法設備の出現と、長い間制限を受けていたことによって、インディオ社会から白人社会へ広まることなく次第に忘れ去られていったのである。

このような状況は今でも続いているが、これは頑固な科学者達が、健康の維持や病気に対する効果的な武器としての「紫イぺ」を無視したためであった。しかし、少数の勇気ある医療専門家達は治療薬としての「紫イペ」の由来が確率されていなくても、それが健康維持にどのようなメリットがあるか、その可能性を鑑定するのに大きな関心を示し立ち上がったのである。彼等が長年かけて行った実験はみごとに成功した。紫イペは科学の狂言者が全治不能であると言って見放した重病患者のための強力な治療薬であることが判明したからである。もし彼等がより多くの関心を持たなかったら、紫イペと言う強力な治療薬はこの世に知られずに終わってしまったことであろう。

勇気ある科学者の中で、先ずあげられるのはブラジルのレシフェ抗生物質研究所の理事を兼ねているゴンカルベス デ リマ教授であり、1956年から63年に及ぶ7年間の彼の研究により「紫イペ」は、各種の癌腫瘍に対し素晴らしい効果を持っていることが判明した。

これらの結論をまとめた彼の研究報告は、500人の医師達が参加した第5回ブラジル癌学会で発表されたが、彼等の敵対行為と嘲笑を受けただけだった。これは、医学専門家が自分達で発見したものではない治療法を紹介された時に示すいつもながらの態度で実に遺憾なことである。

この学会のあと、ブラジル新聞は「紫イぺ」の治療薬としての有効性を否定した上ストーリーが打撃を受けて破壊されたことを報道した。しかし、その真っ最中、米国政府によって設立された癌化学療法国立サービスセンターのスペシャルアシスタントであるジョナサン ハートウェル博士はゴンカルベス教授に手紙を送り、紫イぺ樹皮(ノウゼンカズラ科)の抽出液が抗腫瘍作用を持つという明確な証拠を発見し、この抗ビールス物質である「ラパコール」の分離に成功したことを明らかにした。

注: ラパコールは、同じノウゼンカズラ科樹木でも、紫色で食虫性でない樹木には、ラパコールを含有しないので、何の価値もなく、私共が見知できる限り、紫色の花が咲く樹皮のみを使用することが絶対条件である。

このことは、報告書に明記されている紫イぺの有効性を生かすための純然たる重要な要素である。

紫イぺの医薬上の事実がブラジル癌専門キャンペーン会議で拒否される真最中で更にハートウェル博士は、ゴンカルべス教授宛の手紙の中でブラジル癌学会による事実の拒否について言及し「科学的真実は、私共の個人的な虚栄心を超越して主張しなければならない」と述べているがこの真意が今日の欧米社会で設立されている多くの医療研究所のホールに掲示されているのももっともなことである。

1965年、ラバコールはノウゼンカズラ科の紫の花が咲く樹木に発生することが再び確認された。これは、イタリアのミラノにあるカルロ エルバ研究所で行われたものである。このように、古代のこの民間治療薬は多くの歳月の中で、アメリカを含む数々の国々において着実に立証されてきた。

アルゼンチンに於いては、テュコマン国立植物分布学研究所のテォドラ メイヤー教授に対し国から植物科学賞が贈られたが、この受賞は、ラパコールの治療要素に関する博士の研究が、医療科学界に価値ある貢献として認められたからである。(ラパコールは、現在メイヤー博士とそのスタッフによってミグエル研究所に於いて製造され、アルゼンチン国内の何百万人もの癌患者やブエノスアイレス、マーテル プラタ、ラ リオジヤ並びにテュコマンの医者達に供給されている。)

一方ブラジルに於いては、サンパウロのウォルター ラダメス アコルシ博士が中心になって研究と実験活動を行っており、また、米国国立衛生研究所のジェイムス テューク博士とイリノイ州大学のノーマン ファースンワース博士は“「紫イぺ」が癌に対し非常に効果的なラバコールと証する物質を含有していることは疑いもない”と述べている。

アルゼンチンのコンセプション市で唯一の針療治療開業医であるブラッヘルズ博士の場合、この研究には恐らく最も秀でているであろう。これらには、医療化学の分野を遥かに超える幾つものケースがあり、現代の技術で手術が不可能な末期症状の難病に対し、「紫イぺ」は素晴らしい戦いを挑み、これを完治させた幾多の臨床症例がある。例えばマリア アンジェラ アデラ バースの場合、1967年7月7日、コンセプション市立病院で、“脊髄白血病”のため治療は不可能であると診断された。彼女の父親は絶望のあまり心を取り乱していたが7月15日彼女を腕に抱いてルイズ博士の診療所に連れて行ったが、その時はすでに苦痛で疲労困憊し、“殆ど死にかかっていた。”

病院の血液検査では、赤血球3,000,000、白血球149,000、血小板60,000、前骨髄球30%であったが、ラパコール薬草茶を2週間摂取しただけで彼女は殆ど全快し、2回目の血液検査では、赤血球3,800,000、白血球49,000、血小板120,000、骨髄牙球0、前骨髄球1%、そして骨髄球25%の数値を示し、8月5日までに白血球はさらに減少して6,500に下降する一方、血小板は135,000に増加した。8月はひどい流感に罷っていた彼女であったにも拘わらず、病状の改善は続き9月の最終検査では赤血球4,200,000、血小板160,000に落ち着いた。彼女の両親は、娘の難病が完治したことに対し、全く奇跡としか言いようがないと語り、また、ルイズ博士は、「たった14日間のラパコールの飲用で、少女が楽しそうな顔をして私の診療所に歩いてきた。」と語っている。

また、もう一つ誠に興味深い例としては、アルゼンチンのコルドバに住む或る弁護士の娘の臨床例である。彼女は急性リンパ性白血病と診断され、7月15日に検査した血液好中球は、12%以下であったものが、ラパコールを8日間摂取した後の7月23日には25%に上昇し7月10日に61,000であった血小板は17,240,000に増加した。これは目に見えた結果で、大きな改善がなされたと言えよう。今や娘は非常に食欲があって活発になり、完全に健康を取り戻し、疲労の兆候は全く見られなくなった。

前述の通り、初期の実験に於いて色々な見解の相違があったにしても、この実験結果により最終的にラパコールの抗腫瘍作用は、事実上確認された訳であります。

最後に、1968年11月、スコットランドのアバーディン大学の化学部門のA.R.バーネット及びR.H.トムソン教授は、イギリス化学協会の公的機関誌「ジャーナル オブ ザ ケミカル ソサイティ」の中でタべブイア アベラナダエのキノン的要素について論文発表しました。これは、教授達がイペの樹皮から16種類のキノンを分離することに成功したとの報告であり、その中のいくつかは初めて発見されたものであった。

その一つは、TABEBUINAとして命名されていますが、これは全く新しい発見であり、その構成は部分的に合成することによって確認されました。アバーディン大学によって発見されたこのキノン類は、二つの異なった成分のグループにわかれておりました。それは、NADHTHOQUINONESとANTHRAQUINONESでありました。 これら二つのグループのキノングループが共存するということはむしろ、生物発生分野で非常に興味深い問題点を提起するものであります。

バーネット及びトムソン両教授の研究は、純粋な化学的研究を行ったが、イペの抗腫瘍的効果を含め、それが新しい分離キノン類であるかどうかは判明しておりません。

従って、化学療法的見解からみて、当面は少なくとも、ラパコールのみに焦点をあてて、これに注目していく必要があります。

ラパコール

ラパコールが、1855年以来、化学者によって新しい化学合成物としてリストアップされてから既に127年程たち、それぞれ、異なった名前で知られているが、このラパコールの歴史を振り返る事は、癌医療学者に興味と希望を与える上において大変有益なことであります。

1864年、ベイヤー研究所では既に薬剤師がチンキ治療剤の製造を開始しています。これはシロップ状の薬で、その数滴を服用しただけで、消化不良、肺病、潰瘍、アメーバー赤痢、マラリア、腸チフス熱、めまい、梅毒、陰萎(インポ)及び禿げなどを治療する目的で、製造されたものであります。

1884年、ロシアの化学者であるサーゴボ教授は、全ての虫歯予防としてイペロクソを使用した練り歯磨き(sargovsKaladont)を製造しました。この処方は商業上の秘密でしたが、1922年、教授の死去に伴い、その公式が明らかになりました。

20年前、Taubate市に住むサンブラネリ医師は、彼の抗癌剤処方の中にイペロクソを用いていますが、非常に良い結果を示しています。この処方は、ロシアのサーゴボ教授が公開拒否した如く、秘密にされておりますが、しかしながら、その処方は2年間にわたる研究の結果、60%イペロクソ+barbatimao+saffron(植物)+pioia[?...Tr]+piraguara+salva-vida+bico-de-papagaio+inhare[?...inhame=yam;Tr]+sarsaparilla+chinaroot。と判明し、全ての処方が発見できたとトドロヴィック博士は語っています。

1876年、フラデルフィア万国博覧会に於て、アルゼンチン中央委員会は、南米各共和国のイラスト入り情報案内書を発行しましたが、その案内書の一章に、マックス シーワート教授が植物染液について述べており、その中でビグノニア類(ノウゼンカズラ科)に属する樹木の樹皮から黄色染液(ラパコとして知られる物質)を抽出したと述べています。そして、シーワート氏は、それがアルカリ溶解性であるが故に、「ラパシック酸」と名付けると共に、グリコーゲンサイドであるとの観点から、濃縮硫酸の作用により砂糖とラパコニック酸に分離するグリコーゲンサク酸であると考えた。

その翌年、パラーモ大学の化学教授であるエマニエル パターノ氏は、生まれ故郷にあるブエノスアイレス大学のP.Nアラタ教授に、ラパコニック酸のいくつかの見本について尋ね、ラパコ樹皮を買い受け、シーワート氏が述べた黄色染液の組織的研究に着手しました。

1882年8月発行のGAZZETTACHIMICAITALIANA誌に載った研究論文(55頁)の中でパターノ氏はラパシック酸は、ナフサキノンのヒトロシキン抗生物質であることを証明し、構造式について発表しました。

ラパコール(公式名、ラパシック酸)合成に対する正確な化学方程式は、続いてサミューエルCフッカー氏により、1889年から1896年にわたって発行された一連の新聞でも発表されました。

パターノ氏は、さらに真のラパコールは赤紫色のラパコであることを主張した。それは、既に知られている通り、その他ラパコ アマリロ、ラパコ モラド及びラパチョ等の種類があるからである。

1855年G.アノーダン教授は、ブラジル原産の樹木を使用してグワラニーインディオが通常使用しているtaiguic酸(tareju)として呼ばれる黄色染液を分離し、その後、アノーダンtaigqic酸がラパシック酸と同一であることを証明しました。従って1855年にノウゼンカズラ科(Bignoniacede)樹木の樹皮から抽出されたラパコールは、最初に発見されたものであり、その分離に成功してから一世紀以上たった現在、可能性を秘めた抗腫瘍化学療法剤としてのその魅力に対し、一般の関心が大いに集まっています。それが故に現在私共は、「イペロクソ復活」発端の時代にいると言えましょう。

博物学者ウィルソンの経歴(ボイスラブトドロヴィック教授)

ボイスラブトドロヴィック教授は、1904年5月7日ユーゴスラビア モンテネグロに生まれ、その後、オビリセボ(ユーゴースラビア)の陸軍士官学校を卒業、少佐に任官、1941年、陸軍医となりました。彼はそれ以前にモスクワ医学専門大学で教育を受け、その後、ベルリン ステグリッツ(ドイツ)、オハイオ(アメリ力)、パリ(フランス)の各医学専門大学を卒業しており、更に1931年から1936年の5年間はアフリカ外人部隊の医師、植物学者として勤務しました。

教授が発表した科学的研究論文は、次の通りです。

  1. 医学に於けるコバルト(モスクワ科学協会賞)
  2. 養と微生物(オハイオ州スクール オブ サイエンス賞)
  3. オゾンと栄養-社会の最下層における微生物の危険(パリ スクール オブ サイエンス賞)
  4. 伝染病と栄養-化学戦争(ドイツ ハイデルベルグ スクール オブ サイエンス賞)
  5. 基本アミノ酸と人体細胞分子(ベルリン化学協会賞)
  6. たん白質-第2次世界大戦中、4千8百万の兵士に対し、伝染病を予防した効率的な給食処方(メイジャー賞)この論文は最高の賞となる。

上記の研究論文は、全て各国言語で書かれ、サンパウロ図書館の原本セクションに収められています。