紫イペ情報館

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ブラジル植物群の素晴らしい薬草(4)

著名なアコルシ教授

アコルシ教授、詳しく言えばヴァルテル・ラダメス・アコルシ教授は奇跡の中心人物なのです。アコルシ教授はピラシカバ市にあるルイス・デ・ケイロス農業大学植物学科の教授です。この上なく尊敬され、この上なく愛されている人物です。あらゆるほめ言葉を書き尽くしてもこの人物の偉大さを表すことができません。それは教授が上げた学問の業績だけでなく、むしろ彼の人格です。

彼は自分の休暇を癌と戦うことにしました。
毎日毎日朝から晩まで娘と職員達に助けられ、教授は煎じ薬を配りました。

私は、2日間この仕事に励む教授の側にいました。教授の前に長い列ができ、1日に2000人以上もの人であふれました。だが教授の忍耐は失われる事なく助けを求めてくる人々にいたわりの言葉をかけた。そればかりでなく、人々の無知(返事のない質問等)に苛立つ娘を励ました。顔の表情は穏やかで、その微笑みは人々を喜ばせ楽観的にさせました。ある日、リオの大金持ちが教授に小切手を渡そうとしました。その時、教授は「これは無料です。報酬は奥さんの回復ですよ。」と答えました。時には、教授の心を満たし喜びに溢れることもありました。その一つは、サンパウロの鉄道局の元職員がピラシカバ市にやって来て、教授の元で人のために、教授の手伝いをしてくれたことです。教授は、謙虚な方です。「私は、何も発見していません。もし発見があったとしたら、それは国民がしたのです。4年前から、紫イぺが癌を治すというニュースが広がっていますが、紫イぺは、ブラジル開拓の当時から人々が飲用していました。」

アコルシ教授が自分が発見したのではないと主張する発見について話します。
ピラシカバ市在住の友人の姑の話を繰り返します。
私の友人は、姑に紫イぺの内部樹皮を煎じて飲ませていました。
自分の目で確かめたのですが、この老人は死にかけており、すでに失明していました。それが今では、新聞も読めますし完治したのですよ。

教授は発見とそれに伴う困難な話をしました。1963年の頃でした。
「私の最初の心配は、サンパウロ産の紫イぺが北方地方のものと同じ効力をもつかどうかを調べる研究でした。結果、明らかになったことは成分の面では同じですが、この成分は北方のものに多く含まれていました。一般に他の生物でも言えるように遺伝子学的法則によるものです。即ち、植物の機能は遺伝子と環境によって左右されるのです。

最初の実験でわかったことですが2つの重要な事実を把握出来ました。
第1は、紫イぺは癌による一切の痛みを鎮める効果があるのです。
第2は、赤血球を非常に増加させる効果があるということです。」

アコルシ教授は、次のことを強調しました。「私の知識は、特定の植物にあてはまることではありません。薬用植物といくつかのその効果は知っていますが、この仕事は研究ではなく、確認です。つまり観察の結果なのです。」

そこで質問をしました。「教授、結論として紫イぺは実際に癌を治しますか」
「その事に関して全く疑問の余地はありません」と答えは確信に満ちていました。

中年の男性が癌にかかっている奥さんに投薬する量について教授に相談していました。教授は答えました。「痛みが止まるまで、3時間毎に薬を小サジ3杯飲用して下さい。」

癌の治療から白血病の治療に移りました。バイーア州のウルスカイ植物研究所から紫イぺと黄色イぺの樹皮を400キロ取り寄せました。紫イぺのほうが黄色イぺより薬効は優れています。
私の驚きは増すばかりです。紫イぺは万病を治したのです。潰瘍、糖尿病、リュウマチ等すべてを治したのです。

特に印象的なのは、その治癒に要した期間は1ヶ月たらずでした。情報は絶え間無く届き整理出来ないほどでした。研究は沈黙のうちに行われ、公開されることはありませんでした。
私は、目の前で起こっている事実を信じられなかったのです。

ある日、私の幼なじみのアマンテア大佐の奥様が腸癌にかかっているのを知りました。彼女は死にかけていて、8ヶ月の内に5回も手術を受けていたのです。たった1日紫イぺを飲用しただけで4ヶ月ぶりに熟睡できたのです。癌が治った。治ったのです。全く奇跡でした。教授が話す例を我々も確認したのです。

それから、アラスカに住んでいる青年に紫イぺを送りました。彼の症状は極めて悪く死にかけていました。そして今では、もう治っています。

これまでの成功はあまり紫イぺを研究せずになされました。
アコルシ教授はこれに納得しません。科学的根拠のなさに不満げな教授は、1964年レシーフェ市の抗生物質院院長のオズワルド・ゴンザルヴェス・デ・リマ博士との会談を思い出しました。ゴンザルベス・デ・リマ博士は、数少ない世界的に有名なブラジル人研究者の一人です。ブラジルで最初に発見された抗生物質エウリミシンの発見者です。博士は、紫イぺから抽出した抗生物質の研究にとても興味を持ちました。博士は、紫イぺから2種類の抗生物質を抽出しました。ラパショールとキシロイドンです。もう一人、サンパウロ出身のカルロス・ダ・シルヴァ氏という研究者がいた。彼は、ゴンザルヴェス・デ・リマ博士の研究を高く評価しています。この研究は様々なアプローチが可能になり、広範囲の研究実行の必要性を理由付けるとシルヴァ氏は語っています。

アコルシ教授はゴンザルヴェス博士と面識がありませんでした。
ある日、突然に教授のもとにゴンザルヴェス博士から電話がかかりました。その内容は、紫イぺについて意見交換したいとのことでした。二人の会談は実現し、それは有意義な会談でした。ゴンザルヴェス博士は、紫イぺのことを熟知しており、樹皮に関心を寄せていました。問題なのは、博士の研究が樹皮と成分を異にしている木質部に関するものでした。この会談は多くの成果を上げました。博士は、ごく自然に紫イぺによる癌や白血病の治癒例をいくつか知っていると語った。博士は、はつかねずみの実験にも触れた。
博士曰く「紫イぺの薬効力は通常のどんな薬品よりも優れている」と帰り際にゴンサルヴェス博士は、引き続き紫イぺの樹皮の研究を続けますと約束しました。しかし3年たった今でも紫イぺの成分さえ解明されていません。この成分の知識は絶大な重要性を有しており、著名な癌研究者は、「紫イぺの成分さえ分かれば薬品を注入することにより、完全治癒力をもたらします。」と言っています。アコルシ教授の見解によるとゴンサルヴェス博士は紫イぺの成分を研究するのに最も適切な人物です。後は一歩一歩着実に研究を続けることです。

結論として、アコルシ教授は非常に謙虚な人物なので、名誉を得るには向いていません。歴史に残るのは、科学文献の中で動かざる地位を占めているゴンサルヴェス博士です。足りないのは処方箋だけで、博士にはそれが出来るのです。
そして、それが実現した時、ブラジルは全世界に癌の完全治癒を公式に発表することだろう。


ラ・ジオコンダと彼女の微笑み

ジオコンダ・アコルシは素晴らしい夫人です。彼女には義弟がいます。アコルシ教授夫人の姉でアコルシ教授の兄の妻でもあります。ジオコンダ夫人の思いやり、人間の悲しみに対する理解の心は、非常に深いものがあります。

彼女は、2人の紫イぺ研究者に次ぐ最大の生きた証人です。
彼女の仕事は、朝7時から未知の人からかかってくる電話を受付けて紫イぺを配達することです。この仕事は深夜まで続きます。それでも微笑みを絶やしません。その微笑みには一点の偽りもありません。電話は引っ切りなしにかかってくるが、夫人は親切丁寧に薬の使用法を説明し、いつでも電話するなり、来宅するよう伝える。ある日、彼女は癌のため両足の切断手術を受けた老人を慰めていた。
「よく考えてみてごらんなさい。おじいさんになってから義足をつけることになったのですよ。あなたは、白血病の子供のことを考えてみたことがありますか。」

ジオコンダ夫人はこの生活を始めて以来4年間に患者を一人も亡くしたことが無かったのでとても満足していた。

最近の例を紹介しましょう。いずれの場合も必要があれば、すぐにでも関係当局及び医師の証明が可能です。

肺癌患者の例ですが、レントゲン検査で手遅れで手術が不可能という診断でした。
放射線療法とコバルト療法も試みました。あげくの果てに全財産を使い果たした。(彼は財産家だった)そして紫イぺで癌が治り、レントゲン検査で確認された。
治療期間:最初の15日間で痛みがなくなり、すすんで食事をとるようになった。

15才の白血病の少女の場合:抱き抱えられながらジオコンダ夫人の所へ連れて来た時、体はやせ細りコルチリン作用でむくんでいた。1ヶ月にわたる治療の後、庭で遊べるようになり、今では食欲もあり、一人で歩けるようになった。学校にも通っています。完治したのです。

シスターの舌癌の場合:長期間の放射線療法を受けた後、さじを投げられていました。話もできなかったが今はすっかり回復しています。彼女は毎週ジオコンダ夫人の所へ通い、奉仕活動をしています。

カラビクイバ市の前市長は数年糖尿病を患っており15日間紫イぺを飲用した。検査を受けてみたら、病気は治っていた。

連邦政府当局のある高官夫人も露出腫瘍が治っていた。
紫イぺによる強烈な治癒力は素晴らしく、露出癌の治療ほ容易になった。

サンパウロ州立銀行の女性職員の癌治療の証明書を紹介します。1967年2月6日以来紫イぺの煎じ薬を飲み姶めました。5日目で回復してきているのを感じた。体の痛みが和らぎ、しこりも痛みもなくなったが完全には消えていません。
吐き気もなくなり食欲が増してきた。熟睡でき、助けをかりずに歩けるようになったが軽い痛みを覚えます。乳房の切り傷はほとんど癒着し、膿も出なくなった。


バセッチ氏の場合

ぺドリンニョ・バセッチ氏はサンパウロのピラシカーバ農業大学を退職し、現在71才になります。バセッチ氏の症状は恐ろしいもので舌喉及び食堂が癌におかされていた。放射線療法は80回も受けていたが何ら効果はなかった。

サンパウロ州ホスピタル・ダス・クリニカ病院のジョージ・フェアバンクス・バルボーザ医師により3回も手術を受けています。来る3月で手術を受けて4年になります。その時から紫イぺの煎じ薬を飲み始めました。検査のためジョージ医師の所へ訪れ診断してもらったら、その結果、長年命を脅かせていた危険がなくなっていることを知った。痛みについてバセッチ氏は語った「煎じ薬を飲み始めて3日目で痛みがおさまった。」と

我々が訪問したイツー市のヴァシリイア・タバチ・アマンテア夫人の症状もバセッチ氏とたいして変わらない状態でした。
彼女の夫であるフィオレ・アマンテア元陸軍大佐の証言を聞いた。「家内は死にかかっていました。体重は30キロに減りやせ細っていました。親戚や友人の間では彼女の死の知らせが4回もきたほど症状は悪化していました。しかし紫イぺのお陰で救われました。」だがヴァシリイア夫人の意見は少し違っていました。(頑固と儀礼のせいでしょうか)「私に手術をして下さった先生方に失礼だと思います。回復したのは紫イぺだけによるのではありません。」と。それでも彼女は紫イぺの強烈な薬効を知っています。
「紫イぺは、鎮痛、炎症、癒着に対して効力を持っています。リュウマチも治りました。私がこれまでに体験した最良の利尿剤です。」と